#004 イベントレポート

真の共生社会実現へ

~久喜市の体育館で車いすスポーツが解禁された日~

2021年12月11日(土)、埼玉県久喜市総合体育館サブアリーナにて、車いすラグビー元日本代表の官野一彦氏をゲストに招いた車いすラグビー体験会が行われた。このイベントを主催したのは、スポーツのチカラを活用し、地域コミュニティをデザインすることを目的としたサロン「DOCS」だ。また運営協力には、パラスポーツを通じて障がい理解を深めることをミッションに掲げている団体「センターポール」が名を連ねた。センターポールは日本財団によるアスリートの社会貢献の祭典「HEROs  AWARDS 2020」の受賞団体。HEROsのオフィシャルライターを務めるDOCS代表・瀬川泰祐氏とセンターポールが意気投合し、久喜市でこのイベントが開催されることになった。

そして官野さんも瀬川さんと意気投合した人物。官野さんは22歳のときにサーフィン中の事故により頸椎を損傷。一命は取り留めたものの車いす生活を余儀なくされた。だがポジティブな性格が幸いし、知人の紹介で車いすラグビーを始めると、競技を始めて1年で日本代表に選出され、パラリンピックにも2大会連続で出場、リオデジャネイロパラリンピックでは日本車いすラグビー史上初の銅メダルを獲得するなどの実績を残した。2020年に車いすラグビーを引退し、現在はパラサイクリングでパリパラリンピック出場を目指して活動している。そんな官野さんのストーリーを多くの人に知ってもらいたいと、瀬川さんからの強いオファーによりにゲスト参加が決定した。

この日は、約70名もの参加者が、車いすラグビー体験、同時開催されたボッチャ体験、そして官野さんと瀬川さんによるトークショーと、盛りだくさんの内容で楽しんだ。

「パラスポーツを体験することで、障がい理解を深め、共生社会のあり方を考えるきっかけを」(瀬川)との想いで開催されたこの日は、奇しくも、久喜市の体育施設で初めて車いすが解禁された日となった。今回は、そんな当イベントの模様をお伝えする。

タックルの衝撃に夢中!車いすラグビーの虜になる人続出!

パラリンピック競技の中で唯一、車いす同士のタックルが許されている車いすラグビー。比較的重い障がいのある人に向けて考案されたスポーツでありながら、激しい攻防が繰り広げられるのが魅力的な競技だ。そんな車いすラグビーの体験ブースでは、車いす同士が激しくぶつかり合う音が響き渡った。

序盤は車いすの基本的な操作についてのレクチャーが行われた。車いすの動かし方、方向転換の方法、回転するためにはどのようにタイヤを動かすのか、実際に車いすを操作しながら練習した。そのあとは、いよいよタックルに挑戦。ペアを組んで互いにタックルをする練習、スペースを自由に動きながら目の合った人とタックルをする練習が行われた。はじめは恐る恐るタックルをする人が多かったが、一度タックルの感覚を味わってからは、その衝撃にやみつきになったのか果敢にタックルする人がほとんどだった。セッションの最後は、チームを分けての試合だ。白熱した試合の中にも参加者の笑顔が多く見られた。老若男女問わず一緒にプレーしている光景は、車いすスポーツだからこそ見られるものだと思う。車いすラグビー体験会の様子を通じて、年齢、性別、障がいの有無に関係なく一緒にプレーできる車いすスポーツの魅力を感じることができた。

(車いすラグビー元日本代表の官野一彦さん、迫力満点のタックルを披露してくれた)

車いすラグビーの体験ブースで一番の盛り上がりを見せたのは、官野さんがタックルをした場面だ。官野さんのタックルはやはり別格だった。スピード感と迫力、タックルを受けたときのインパクトは凄まじく、見ているこちらもタックルを受けたかと錯覚してしまうほどの衝撃がした。世界の舞台で戦ってきた官野さんの経験や想いの詰まったタックルに参加者たちは大いに沸いた。

「車いすラグビーの迫力がすごかった。」「テレビで見るのと実際に体験するのでは、全く違いました。」という参加者の声があったように、車いすラグビーの魅力に直接触れることができ、身を持って体験することができる貴重な機会となったようだ。このイベントに参加した人たちから、徐々に車いすスポーツへの興味関心が高まり、さらに注目度が上がっていくことが期待できそうだ。

誰でも楽しくプレーできるボッチャ!体験ブースは大盛り上がり!

「地上のカーリング」とも呼ばれるボッチャ。ジャックボールという白いボールを目標に、それぞれ赤と青のボールを6球ずつ投げ合い、自球をよりジャックボールに近づけられるかを競う競技だ。手で投げることのできない選手はキック、または「ランプ」と呼ばれる投球補助具を使用して、アシスタントにサポートしてもらいボールを転がすこともできる。

ボッチャの体験ブースは、参加者を2チームに分け、試合形式で進行していた。試合の途中にルールを説明しながら、1ゲームが終わったら待っている参加者と交代して、また試合をするといったサイクルで多くの参加者がボッチャを楽しんでいた。ボッチャで使用されている赤と青のボールは、ずっしりと重く、転がりやすくなっている。そのため、ボッチャを始めてやる人の投球は、イメージしているところより遠くへ転がってしまうことがほとんどだ。狙ったところへ投げることが出来ず悔しそうにする参加者もいた。少しずつ感覚を掴み、得点につながる投球が続出。イメージ通りの投球が出来て、チームメイトと共に喜んでいる姿も見られた。

(久喜市ボッチャ協会の方たちのサポートもあり、ルールを学びながら楽しくプレーしていた。)

官野さんや久喜市ボッチャ協会の方たちが、どんなボールを投げるのが効果的か、どういった戦術・作戦があるのかレクチャーする場面もあった。ジャックボールの近くにただ投げるだけが作戦ではなく、次に投げる相手選手が投げづらいようにボールを配置することもある。ジャックボールにわざと当てて自分たちのボールに近づける作戦や、転がすのではなくボールを浮かせて投げる作戦などもあるそうだ。

小さなお子さんからご高齢の方、障がいの有無に関わらず、みんなで楽しめるボッチャはとても魅力的なスポーツだ。競技のルールや特性により、世代や性別、障がいの有無の境界を超えてプレーすることができるパラスポーツ。その存在はもっと多くの人に知られるべきだと思う。

スポーツ界で活躍する2人が常に持っているマインドとは?

当イベントの最後は、ゲストの官野一彦さんとスポーツライターの瀬川泰祐さんによるトークショーだ。現在もパラアスリートとして第一線で活躍する官野さん。スポーツライターとしての活躍にとどまらず、スポーツのチカラを活用した社会貢献活動も積極的に行っている瀬川さん。同じスポーツ界で活躍しながら、異なる立場でスポーツに関わってきた2人の話に参加者たちは引き込まれるように聞き入っていた。

官野さんとお母さんの涙なしでは聞くことのできない感動エピソード、官野さんが運営・経営している障がいを持った方でも利用できるユニバーサルなジムを開設するにあたっての経緯や想い、官野さんと瀬川さんの考えるスポーツの可能性、など当イベントでしか聞けない話題が盛りだくさんのトークショーだった。

(熱く真剣な話の中にも、ユーモア溢れる官野さんのトークに参加者たちは夢中になって聞いていた。)

そんなトークショーの中で、特に印象に残った話があった。それは官野さんと瀬川さんが共通して持っている「“できる、できない”ではなく、“どうしたらできるのかを考えて行動する”」というマインドについての話だ。

官野さんがアメリカに挑戦したときのエピソードを交えて、話してくれた。

「何かを理由にして、できないって自分が思っていることのほとんどはできると僕は考えています。僕は2017年まで市役所で働きながらトレーニングをしていたんです。2014年のリオデジャネイロパラリンピックで銅メダルを獲ったときに、どうしても金メダルがほしいと思いましたが、今のままでは難しいと感じました。なので、仕事を辞めて、その10日後にオファーがあったアメリカのチームへ行ったんです。英語は話せない、手は動かせない、障がいを持っている、それでアメリカに行くなんて無理だとみんなから言われました。でも、やってもいないことを無理だと決めつけるのはおかしいと思うんです。できる、できないじゃなくて、どうやったらできるのかを考えることが大事。できないって決めてしまう心のブレーキは自分がかけているんです。不可能なことなんてない、なんでもやれる、そう考えることができるのも自分です。誰かが決めているんじゃない、自分の心です。」

周りからは不可能と思われるようなことでも、それを可能にするためにはどうすればいいのか。常に試行錯誤しながら行動し、努力し続ける官野さんの言葉は、聞いている方たちの心にグッと響いたことだろう。

(多くのアスリートを取材してきた瀬川さんの質問力は流石の一言に尽きる。)

瀬川さんも、ポジティブマインドを常に持ち続けて地域の社会貢献活動にチャレンジしているそうだ。

「これは無理かもしれない、できないかもしれない、と思うことはあるかもしれません。ですが、できるかもしれない、やれるかもって強制的に思う癖をつけることは大事だと考えています。私は5年ほど前からスポーツを活用した子どもたちの居場所となる施設を作りたいと考えていました。しかし、私が代表を務めるスポーツクラブはまだできたばかりで何も持っていません。そんなクラブが施設を作るなんて、かなり難しいことなんじゃないか、できないんじゃないか、そう思っていました。けれど、できるかもしれないと考えるようにして行動に移したら、その行動が色々なことにつながり、周りの人も支援してくれて、最終的に実現することができたんです。こういうポジティブな思考って、これまで取材したトップアスリートの方たちも持っていました。僕もその思考回路を自分の中にインストールして真似しているんです。みなさんも官野さんのような思考を真似して、どんどんチャレンジしてほしいと思います。」

現在、瀬川さんは久喜市南栗橋地区で子どもたちの居場所となるスポーツ施設の運営に尽力している。そんな瀬川さんの話を聞いて、ポジティブマインドを真似しようと考えた人は多くいるだろう。

トークショーを終えて、「トークショーの内容が印象に残りました。ポジティブな思考を忘れずに、前に進んでいこうと思います。」「スポーツ界で活躍する2人の話を生で聞ける機会はなかなかないので、すごく勉強になりました。」という参加者の声があった。

パラアスリートとスポーツライター。同じスポーツ界ではあるが、異なる視点からスポーツを見てきた2人の話を聞ける機会は、参加者にとって貴重な時間になったと思う。官野さんと瀬川さんの話から、ポジティブ思考でチャレンジする人が、たくさん出てくることだろう。

障がい理解を深め、共生社会のあり方について考えるきっかけとなるイベント

東京パラリンピックで多くの人がパラスポーツを観て、応援し胸を熱くしたことだろう。だが、実際にパラスポーツを体験し、パラアスリートの話を生で聞くという機会は今まで少なかった。観るだけでは気づけなかったことも、体験することで気づくことができるかもしれない。その気づきが障がい理解を深め、共生社会のあり方を考えるきっかけになり得るのだと思う。

2月5日には、第2回目となる車いすバスケットボールの体験会が行われる予定だ。今回のイベントに参加できなかった人も、ぜひ足を運んでみてほしい。

このイベントを通じて、共生社会実現への第一歩を踏み出す人が現れることだろう。

取材・文:佐藤和希 / 写真:NATSUMI